飾るということ。|最終話〈全4話〉

市原市の新盆飾り

なぜ、この仕事が残っているのだろう…?


前回からのつづき ▶▶▶


家業を継いでから現在にいたるまで、
世の中は少しずつ、気づけば大きく変わりました。

家族の形も変わった。
地域との関わりも変わった。
町並みも変わった。

買い物そのものの景色まで変わった。

八百屋、米屋、酒屋、駄菓子屋、
文具屋、本屋、レンタルビデオ店…

そして、地域の人たちに長く親しまれてきた
大型スーパーにいたるまで。

実に多くの店が、私たちの街から姿を消しました。
人形屋も決して追い風の中にいたわけではありません。

それなのに。

2026年7月現在、私たちはこの街で、
まだこの仕事を続けています。

飾るということ。

私たちは長い間、
節句人形やお盆飾りを扱ってきました。

ただこうして振り返ると、向き合ってきたのは、
形あるものだけではなかったのかもしれません。

初節句を楽しみにする親御さんの言葉。

孫へ思いを託す祖父母の言葉。

故人を偲ぶご家族の何気ない会話。

いつも飾られるもののそばには、
人の思いがありました。

私たちが扱っていたのは、そうした気持ちを
形として残すための器だったのかもしれません。

忘れないための、
受け止めるための、
分かち合うための器。

これからも社会は変わり続けます。
その変化はこれまで以上に速くなるのかもしれません。

しかし、誰かを祝い、誰かを偲び、
その気持ちを形に託そうとする場面は、
今も確かにあります。

私たちの仕事は、
そうした思いがあり続けたからこそ、
今日まで続いてきたのかもしれません。



お盆の季節がやってきました。

今年も私たちは盆棚を飾りに伺います。

「飾るということ。」全4話

お盆の飾りから始まった、ひとつの問い。
私たちは、なぜ「飾る」ことに手をかけてきたのでしょうか。