五月人形|鈴甲子雄山
古典を知り、甲冑のこれからを考える。
甲冑師 鈴甲子雄山
国宝や重要文化財として現存する甲冑を調べ、その姿を細部まで再現する。一方で、受け継いできた技術をもとに、新しい甲冑づくりにも取り組む。鈴甲子雄山は、古典と創作の両方に向き合う甲冑師です。
その根底にあるのは、実物の甲冑から学んだ知識と、長年培われてきた技術。鯉徳は、こうした雄山の仕事を半世紀以上にわたり見続けてきました。
私たちは数ある作品の中から、素材やつくり、造形、そして節句人形としての本来の意味を大切にしながら、厳選しています。また、鎧や兜の意匠や仕様を鯉徳から提案し、雄山と相談を重ねながら、独自の作品として形にしてきたものもあります。
3つの特徴
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作家紹介
明治時代、初代雄山・鈴木甲子八が東京・墨田区で創業した鈴甲子。現在は四代目雄山・鈴木順一朗氏が工房を率いています。
1966年東京生まれ。三代目雄山であり、現在も甲冑師として活動する父・鈴木道男氏のもとで甲冑づくりを学び、本格的に製作を開始。
国指定伝統的工芸品「江戸節句人形」の制作者として、平成19年には経済産業大臣指定伝統工芸士に認定されています。
現在は千葉県鎌ケ谷市に工房を構え、古典甲冑の研究と再現から、新たな甲冑の創作まで、幅広いものづくりに取り組んでいます。
01 考証|古きをたずねる
鈴甲子雄山の甲冑づくりを支えているのは、実物を見て、調べ、記録することから積み重ねてきた知識と資料です。
国宝や重要文化財として現存する甲冑、歴史上の武将が身につけたとされる甲冑などを実地に調査。現地では採寸やスケッチを行い、可能なものは写真にも収め、それぞれの特徴を資料としてまとめてきました。
兜の形や装飾といった目につきやすい部分だけではなく、細部にいたるまで実物から読み取っていく。こうして積み重ねてきた調査と研究が、雄山の甲冑づくりの土台になっています。
02 再現|読み取り、形にする
実物を調べ、資料として残すだけでは、甲冑にはなりません。そこから読み取った特徴を、実際の鎧や兜として形にする技術が必要になります。
鈴甲子雄山の工房には、経済産業大臣指定の伝統工芸士4名と東京都指定伝統工芸士1名、合わせて5名の伝統工芸士が在籍しています。甲冑づくりは分業で行われ、それぞれの工程を専門とする職人たちが各部の製作を担います。
そうして出来上がった各部を最終的に組み上げ、全体を見ながら細かく調整して完成へ。ひとりの技だけではなく、それぞれの分野に長けた職人の技術を集めてつくり上げられることが、雄山工房の大きな強みです。
また、分業によるものづくりでは、職人同士が完成形を共有することも欠かせません。四代目雄山は、言葉だけでは伝えにくい形や細部を自ら絵に起こし、イメージを伝えています。
03 創作|甲冑、その先へ
古典甲冑を調べ、その姿を再現する。そこで培われた技術は、昔の甲冑を忠実につくるためだけのものではありません。鈴甲子雄山は、その技術をもとに、これまでにない鎧や兜にも取り組んできました。
現代の住空間や飾り方、求められる大きさにも目を向け、素材や表現の方法を変えながら新しい姿へと展開していく。「タンゴ侍シリーズ」も、そうした発想から生まれた甲冑のひとつです。
また、その技術は鯉徳から持ち込む企画を形にするときにも活かされています。「名画の色彩シリーズ」もそのひとつ。異なる分野から着想した企画を、甲冑として成立する表現へと置き換えてもらいました。
▲ 雄山の創作から生まれた 「タンゴ侍 白之新」
▲ 鯉徳の企画から生まれた 「名画の色彩シリーズ」
古典を知り、形にできるからこそ、そこから新しいものを生み出すこともできる。考証、再現、創作。この三つを行き来できるところに、鈴甲子雄山のものづくりの面白さがあります。
鯉徳から見る、鈴甲子雄山
長年にわたり仕事をともにしてきた鈴甲子雄山。手がける鎧や兜の種類は実に豊富で、造形も色彩も多種多様です。甲冑への深い知識と技術はもちろん、新しい発想を作品として形にする表現力と、その仕事の速さにはいつも驚かされます。
これほど幅広い仕事だからこそ、その中から何を選ぶかにも私たちの考えが試されます。古典的なものにも、斬新なものにも、それぞれの美しさがある。ただ、目新しさや見た目の印象だけで選ぶことはありません。素材やつくりに無理がなく、造形に均整が取れていること。そして、節句人形としての本来の意味や品位が保たれていること。
選んだ鎧や兜を、どのように組み合わせ、提案するか。それもまた、私たちの大事な役割です。鈴甲子雄山の甲冑が持つ魅力をさらに引き出し、一式の節句飾りとして仕立てることを目指しています。