形を与えられたものは、
その後、どうなっていくのだろう…?
物の姿は変わらない
雛人形や五月人形。
結婚指輪や、位牌に墓石…。
それぞれに役割、素材、形があり、
いずれもひとつの「物」です。
最初は、大きさや価格だったり、
「好き」「きれい」という感覚で選びます。
ただ、それを選んだ瞬間から、
物と人との時間が始まります。
物との時間、人との距離
初節句の日。結婚式の日。誰かを見送った日。
毎年飾るたびに交わされた会話。
その物を見るたびによみがえる景色…
時を重ねて風合いは変わっても、
物そのものの姿は変わりません。
けれど、その物に込められた思いや記憶は、
人と過ごした時間とともに積み重なっていきます。
そうして物そのものは変わらなくても、
人との関係が、その意味を少しずつ変えていくのです。
そして物は、記憶を呼び起こす存在になるのでしょう。
物は語らない
「これは祖父が贈ってくれたものなんだ。」
「小さい頃は、みんなで飾ったね。」
「この年は、こんなことがあった。」
語られているのは、物の説明ではありません。
その物とともに過ごした時間です。
物は何も語ることはありません。
人に語らせるのです。
物が記憶を呼び起こし、会話を生み、
また次の時間へと受け継がれていくのです。
残らない形
もちろん、形を与えられた物が、
すべて残り続けるわけではありません。
雛人形や五月人形、結婚指輪や位牌のように、
長く手元に残るものがある一方、
お盆の盆棚のように、役目を終えれば
姿を消していくものもあります。
数日後には、その形はもうありません。
けれど、一度形を与えられたことで、
それまで見えなかった思いが
人の目に映るようになります。
だから、その時間や会話も人の記憶に残るのです。
残る形にも残らない形にも、
人と人との時間をつくる役割があるのだと思います。
時代とともに社会は少しずつ変わってきました。
その変化は、私たちの仕事にも、
影響を与えているように思います。
それでも、この仕事は今日まで残ってきました。
「飾るということ。」全4話
お盆の飾りから始まった、ひとつの問い。
私たちは、なぜ「飾る」ことに手をかけてきたのでしょうか。
第3話 (現在の記事)
形を与えられたものは、その後どうなっていくのだろう