ひな人形|望月龍翠
業界屈指の技巧派職人。
伝統工芸士 望月龍翠
望月龍翠の雛人形には、男雛と女雛、それぞれに異なる造形の美しさがあります。
男雛は、肩から腕へと続く直線的で力強い姿。女雛は、衣装が描く曲線を生かした、やわらかくしなやかな姿。同じ技法で仕立てられる雛人形でありながら、そのシルエットには明確な違いが見られます。
その美しさを支えているのは、完成した人形からは見えない胴体の構造と、衣装を着せたあとに行う繊細な造形技術です。
駿河雛人形の伝統を受け継ぎながら、骨格から細部の仕立てまで妥協なく向き合う望月龍翠。完成した姿の美しさだけでなく、そこに至る工程にも、この作家ならではの仕事が表れています。
3つの特徴
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作家紹介
1964年、静岡生まれ。本名は望月竜介。18歳から埼玉県の老舗人形工房で雛人形づくりの基礎を学び、その後、父である人形師・望月幸彦のもとで本格的に制作を始めました。
2003年には、国指定の伝統的工芸品「駿河雛人形」の伝統工芸士に認定されています。
工房があるのは、静岡市駿河区。登呂遺跡からもほど近い住宅地で、現在も雛人形の制作を続けています。
衣装には、平安時代から受け継がれてきた有職文様を中心に使用。古典的な装いを大切にしながら、人形の姿や細部の仕立てを磨き続けています。
01 造形|力強さとしなやかさ
望月さんが人形の造形で大切にしているのは、男雛と女雛、それぞれにふさわしい姿をつくることです。
男雛は肩から腕にかけての直線的なラインを意識し、堂々とした姿に。一方、女雛は肩から袖へと続く曲線や衣装のふくらみを生かし、やわらかなシルエットに仕上げます。
衣装の色や柄だけではなく、身体の輪郭そのものによって、二人の違いを表現しているのです。
▲ 直線的な肩から腕のラインが印象的な男雛。
▲ やわらかな曲線を描く女雛の肩から腕のライン。
雛人形の形は、いつの時代も同じだったわけではありません。1980年代には、華やかな衣装とともに、肩を大きく張ったシルエットが好まれた時期もありました。
望月さんは、そうした時代ごとの変化も踏まえながら、現在は自然な衣装の収まりと、男女それぞれの姿の美しさを追求しています。
02 技法|一度きりの腕折り
望月さんの人形づくりを知るうえで欠かせないのが、衣装の内側にある胴体です。
駿河雛人形では、密に束ねた藁を胴体の中心に用い、胸の部分を斜めに削り、腕の骨格となる針金に木毛を巻いて形をつくります。
完成した人形からは見えませんが、この骨格のつくりが、衣装を着せたあとの姿を大きく左右します。
▲ 左が男雛、右が女雛の胴体。
▲ 指先だけでは簡単に曲がらない太さの針金。
なかでも望月さんがこだわるのは、腕の骨格に使う針金の太さです。
衣装を着せたあと、腕を一気に折り曲げて人形の姿を整える「腕折り(かいなおり)」。肩の高さや左右の腕の長さを揃え、衣装に余計なシワをつくらないよう、短い時間で形を決めていきます。
この腕折りは、やり直しがきかず、人形の出来栄えを大きく左右する重要な工程です。
望月さんが使うのは、一般的なものより太い針金です。その分、腕を折るには大きな力が必要ですが、完成した人形には、触れても分かるほどのしっかりとした骨格と、着崩れを感じさせない端正な姿が生まれます。
「一気に力を加える作業を繰り返していると、無意識に歯を食いしばっているから、もう奥歯がボロボロ。ある意味、職業病だよね」
そう話しながら、頬をさすって笑う望月さん。
完成した人形の静かな姿からは想像しにくい、力仕事の一面がそこにあります。
03 細部|見えないところにも手を尽くす
望月さんの仕事は、衣装の細部にも表れています。
男雛の下襲の裾、女雛の裳袴。後ろ姿に見える白い布には、縁起のよい桐竹鳳凰の文様が刺繍されています。
こうした部分をプリントで仕上げる人形もあるなか、望月さんは刺繍を採用。さらに、衣装の色合いに合わせて刺繍糸の色も変えています。
桐竹鳳凰は、古くから吉祥の意味を持つ文様です。正面からは目立たない部分にも、雛人形という縁起物にふさわしい意匠が施されています。
もうひとつ、注目していただきたいのが人形の手です。
望月さんは、桐材を一本一本彫ってつくる「木手」を使用しています。その指先をよく見ると、小さな爪まで表現されていることが分かります。
樹脂製の手も広く使われる現在、あえて木を彫って仕上げる。手元のわずかな部分にも、素材と手仕事を大切にする姿勢が表れています。
衣装の内側にある骨格から、後ろ姿の刺繍、指先の爪まで。目立つところだけを整えるのではなく、人形全体を一つの工芸品として仕立てているのです。
流行を追わず、時代を読む
望月さんの雛人形には、古典的な装いを守りながらも、時代ごとの美意識を柔軟に取り入れてきた職人の仕事が表れています。
昔からの形をただ繰り返すのではなく、その時々の感覚を見つめながら、自らの技術と造形を磨き続けてきたのでしょう。
「芸術家じゃなくて職人なんだから、ちゃんと良いものを作らないとね」
以前、望月さんが話してくれた言葉です。
人形の骨格をつくり、衣装を着せ、一度きりの腕折りで姿を決める。さらに、後ろ姿や指先まで丁寧に仕上げていく。
その一つひとつの仕事に、望月さんの考える「良いもの」が表れています。
鯉徳から見える、望月龍翠
望月さんの人形を見ていると、華やかな衣装や細かな装飾だけでは、人形の美しさは決まらないことに気づかされます。
肩の高さ、腕の角度、衣装のふくらみ。その均整のとれた姿は、長年培われた技術によって形づくられたものです。
鯉徳でも、望月龍翠の雛人形は古典的な美しさを大切にした飾り方を基本としています。装飾で個性を加えるよりも、人形そのものの造形や衣装の品格が自然に引き立つ組み合わせを選んでいます。
見える部分の美しさを、見えない部分の仕事が支えている。その確かな仕事を、飾り方も含めて大切にしたいと考えています。