「人形選びが難しい…」
これはお客さまに限った話ではありません。
実は私たちもです。
サイズや色柄の選択肢が増えたことに加え、
雛人形の「定義」自体が曖昧になってきていることも、
その理由のひとつです。
清水久遊との出会い
20年以上前、初めて清水久遊の手がけるひな人形、
「無垢」を見たとき。衝撃でした。
当時の雛人形といえば、赤や紺、金襴など、
華やかな色柄の衣裳が主流だったなか、
突如あらわれた単色の雛人形。
業界内でも賛否があったことを記憶しています。
ただ私は、周りの意見にはほとんど耳を貸さず
直感で飛びつきました。
20年以上を経て
今では淡い色、くすんだ色の雛人形も
珍しくなくなりました。
雛人形の色あいに対する固定観念は、
以前よりも薄れてきたように感じます。
でも、改めて無垢を見ると、やっぱり少し異質です。
見た目は大きく変わっているのに、
雛人形らしさと品格は何も捨てていない。
私は、見慣れない姿に拒否反応を示す方ではありません。
むしろ、興味を持つ方だと思います。
ただ、最近は少し戸惑うことが増えました。
「ここまでが雛人形」という、
暗黙の了解のようなものがなくなってきたからです。
どこまでが雛人形なのか
一刀彫のように、衣裳着や木目込みとは
まったく違う様式の人形は昔からあります。
素材も違う。
技法も違う。
完成した姿も違う。
それでも、そこには職人が技術を磨き、
手仕事でつくるという行為があります。
一方で最近は、積み木のような造形や、
顔のない人形、さらには人形とは異なるものを
一対に並べ、おひなさまに見立てたものまで、
実にさまざまな飾りを見かけるようになりました。
発想自体は面白いと思うものもある。
好きな人もいるだろうなというのもわかる。
売れていると聞くものもある。
…でも私は、どうしても手が出せない。
子どもの成長を願って迎え、毎年飾りながら
家族の思い出を重ねていくものだと考えると、
やはり引っかかるところがあるのです。
これが老化ってやつなのか…。
割と本気でそう思うときもあります。
富士山を描く
たとえば「富士山を描く」というテーマの
展覧会があったとしましょう。
油絵あり、水彩あり、水墨画あり。
ではそこに、グラフィックアートがあったら…。
「それは違うんじゃないか?」
と、ここで感じる人もいると思います。
まあ、わかります。
でも、私にとっては許容範囲です。
技法も道具もまったく違うけれど、
「富士山をどう描くか」というところでは、
まだつながっていると感じるからです。
では、そこに富士山を撮影した
「写真」が並んだらどうでしょう。
写真が悪いわけではありません。でも、
「これは“描いた”ことになるのか?」
と問えば、私は明らかに「NO」です。
では、
生成AIに「富士山を描いて」と入力して、
出てきた画像があったらどうでしょう。
……。
これはもう、完全にお手上げ案件です。
最近の雛人形に感じる戸惑いも、
これに近いのかもしれません。
私が選ぶ基準
「どこまでが雛人形なのか」という
明確な線があるわけではありません。
同業者と話していても、
「それはもう違うよね」という人もいれば、
「なんでダメなんですか?」という人もいます。
たぶん、正解はありません。
取り扱う側には、
それぞれの境界線があってもいいと思っています。
では、私が自社で取り扱う人形を選ぶとき、
何を基準にしているのか。
変わることが嫌なのではありません。
色が変わってもいい。
大きさが変わってもいい。
飾り方も変わっていい。
かなり大胆に変わったっていい。
でも、その中に、長く培われ受け継がれてきた
技や手仕事が見えるものを、
私は雛人形として扱いたいのだと思います。
一過性のものでなく、長く飾るにふさわしいものを。
結髪、面相描き、衣裳、手、小道具、着せ付け。
屏風や台、花やぼんぼりをつくる人もいます。
雛人形は、そうした多くの職人の技と経験が
重なり合って生まれてきました。
こうしたものを作る技術は、一度途絶えてしまえば、
必要になったときに簡単に取り戻せるものではありません。
「やっぱり、あれいいよね」
そう思われ始めたときには、もうつくれる人がいない。
そんな場面を、幾度となく目の当たりにしてきました。
だから、今ある技術がこの先にも続いていくように、
そうした仕事から生まれる人形を
できる限り選んでいきたいと思っています。
そして、何が違うのか、どこに価値があるのか。
そうしたことを考え、伝えていくのも、
私たち専門店には必要なのだろうとも。
20年以上前。あれほど異質な雛人形に、
迷わず飛びついた自分がいました。
そして今。
新しいものを前にして、
どうしても手が出ない自分もいます。
老化なのか。
それとも、自分なりの線が見えてきただけなのか。
店頭に並べる人形を選ぶということは、
その何倍もの人形を選ばないということでもあります。
そんなマイルールにがんじがらめになりながら、
今年も人形を選びました。
11月の開店に向け、少しずつ店頭に並べています。