島根にまで来て考えてみた #1
…というわけで、思い立ったら吉日。
やってきました島根!
真の目的はさておき、まず向かったのは出雲大社。
8年ぶりに掛け替えられた
神楽殿の大注連縄を見てきました。
真新しくてなんとも清々しい…いや、
デカっ!!
長さ13メートルを超える、日本最大級の大注連縄。
実際に目の当たりにすると、
写真で見るよりはるかに大きく感じます。
間抜け面して大注連縄を眺めること数分。
ふと湧き上がる静かなる野望。
この大注連縄、小さくしてみたらどうだろう?
大注連縄、勝手に合理化してみた
まずは小さくしてみましょう。
材料も少なくて済みます。
次に軽くて丈夫な素材にしてみましょう。
つくるのも、運ぶのも、掛け替えるのも楽になるでしょう。
なんなら維持する費用だって抑えられるはずです。
それに、
注連縄を小さくしたからといって、
御利益まで小さくなるわけでもないでしょう。
…ということで、
もっと小さく、もっと軽く、もっと丈夫にしてみました。
いや~、実に合理的です。
あれ? なんか身におぼえのあるような…
実は本当に変わっていた
スマホで大注連縄について調べてみると、
意外なことを知りました。
大注連縄は、神楽殿への建物の負担を減らすため、
5.2トンから4.7トンへ軽量化されたそうです。
伝統のど真ん中にあるような大注連縄も、
ずっと同じ姿のまま受け継がれてきたわけではなく、
必要なところはちゃんと変えている。
軽くはした。でも小さくはしなかった。
なぜ、この大きさを残しているのか。
その明確な理由は分かりませんが、少なくとも、
全部を昔のまま残しているわけでもなく、
全部を合理的につくり変えているわけでもない…。
そして我が身を振り返る
節句人形は、ずいぶん小さくなりました。
昔のような大きな段飾りは少なくなり、
現在は親王飾りやコンパクトな収納飾りなどが中心です。
住宅事情や暮らし方も変わりました。
飾る空間に合った色やデザインも求められます。
今の暮らしに合わなければ、
飾ってもらうことすらできなくなるかもしれません。
だから、変わることは必要です。
ただ、合理化というのはなかなか強力で、
一度その物差しだけで考え始めると、
どこまでも削ることができてしまうのです。
合理性の果て
大きくて重いから、小さくて軽くする。
場所を取るから、飾るものを減らす。
価格を抑えるため、作業工程を減らす。
もっと簡単に。もっと手軽に。もっと分かりやすく。
どれも理にかなっています。
でも、それをずっと続けていくと、
最後は何が残るんだろう?
小さくしなかったもの
大注連縄を目の前にすると、理屈より先に圧倒されます。
おそらく、あれを小さくしたとき、
きっと一緒に小さくなってしまうものがある。
それは重さでも、長さでも、材料の量でもない。
もっと別の「何か」です。
では、自分たちが扱う節句人形はどうだろう。
小さくしてもいい。
軽くしてもいい。
今の暮らしに合わせて、姿を変えてもいい。
それでも、
人形が人の心に働きかける力まで
小さくしてはいけないのではないか。
まだその力が何なのか、うまく言葉にはできませんが…
いや〜それにしてもデカい。
遠く島根の地まで足を運び、
大注連縄を見上げながら、
あーでもない、こーでもないと考える51歳。
「妄想はいいから参拝しなさい💢」
神々のそんな声が聞こえたとか、
聞こえなかったとか…。