引用と模倣

作業中、倉庫では常に音楽が流れています。
サブスクを使うようになってから、
昔の曲を聴く機会が、また増えました。

若かりし頃は、ブラックミュージック、
中でもHIP HOPやR&Bをよく聴いていました。

遊び半分でDJをやっていたこともあり、
気がつけば部屋に置いてあるレコードが
2,000枚を超えていた時期も(笑)。

だいぶ手放しましたが、今もそれなりに残っています。

自宅に残るレコードコレクション

新しい曲を聴いて、気になる音があると元ネタを探す。

Pete Rock & C.L. Smoothを聴いていたはずが、
いつの間にかTom Scottを聴いている。

De La Soulを聴いていたはずが、
いつの間にかSteely Danを聴いている。

ヒップホップを聴いていたはずなのに、
気がつけばソウルやファンク、ジャズまで聴いている。

今思えば、ずいぶんとまぁ掘ったものです。

掘る

DJやレコード好きの間では、
dig(ディグ)という言葉があります。

レコードを掘る。元ネタを掘る。
「ディグる」なんて言い方もしますね。

そしてヒップホップには、既存の音楽の一部を
切り取り、組み替え、新しい音を重ねる
サンプリングという手法があります。
※もちろん、著作権など別の問題はあります。

私自身、ブッ刺さる曲を探すのはもちろん、

「この音、どこから持って来たんだ?」

と、元ネタを辿っていくのも楽しみのひとつでした。

新譜から20年、30年前の音楽へ遡る。
そこから、また別の音楽へ進んでいく。
新しいものが、古いものへの入口になる。

元ネタがあるからといって、
それだけで「真似」になるわけではありません。

同じ音を使っても、どこを切り取り、
どう組み替え、何を重ねるのか。

そこには、作り手の解釈と創造性があります。

あ……これ、ヒップホップに限った話じゃないですね。

人形にも元ネタがある

人形も何もないところから生まれたわけではありません。

師匠から技術を受け継ぐ。
昔からある形を受け継ぐ。
有職故実を学び、装束や色彩を人形へ取り入れる。

先人たちが残してきたものを受け取り、
それぞれの時代の人が手を加え、また次へ渡してきた。

それを私たちは「継承」と呼びます。

面相を描く工程

受け継ぐ以上、そこには当然、
元となる形や技術があります。

だから、似ているというだけで、
模倣と決めつけることもできません。

では、

継承と模倣は、どこで分かれるのでしょう。

「似る」と「写す」

正直、私にも明確な境界線は分かりません(苦笑)。

同じ技法を受け継げば、似ることはある。
同じ時代なら、似た色や素材が選ばれることもある。

ただ、

「似る」と「写す」は、やはり違う。

受け継いだものから自分なりに考えることと、
すでに誰かがつくったものを見て、それに近づけること。

完成したものだけを見れば境界は曖昧でも、
そこへ至るまでの道筋は違います。

販売店も商品をつくっている

では、私たち人形の販売店はどうでしょう。

私たち自身は基本的に人形をつくりません。
いや、ほぼ作れません。

販売店が考えるのは、

どの人形を選ぶのか。
どの台に載せるのか。
どの屏風を合わせるのか。

大きさ、色、余白まで考えながら、
一式の商品として組み上げていく。

一つひとつは職人やメーカーがつくったものでも、
それらを選び、組み合わせる「編集」があります。

何通りも合わせ、合わなければ外し、
また別のものを合わせる。
そうして最後に、一つを選ぶ。

人形と素材を組み合わせながら商品構成を検討する様子

お客様に見えるのは、その最後の一つだけです。
そこへ辿り着くまでに、何を試し、
何を捨てたのかまでは見えません。

答えだけを見る

だから、少し厄介なことも起こります。

一部の販売店は、その過程を飛ばして、
他社が出した「答え」から始める場合があります。

色や寸法を少し変える。
完成品だけを見ても、
お客様にはその経緯までは分かりません。

人形だけが似た。屏風だけが似た。
それなら偶然もあるでしょう。

けれど、

人形、台、屏風など。
その組み合わせまで次々と重なっていく。

そこまで一致すれば、
偶然の一言では片づけにくくなります。

「その組み合わせは誰のものか」という
権利を主張したいわけではありません。
すべての商品をゼロから作れという話でもない。

メーカーからの提案もあれば、
昔から続く定番商品もある。
誰かの仕事から影響を受けることだってあります。

ただ、

誰かの仕事を参考にすることと、
完成した答えをそのまま出発点にすることは、
やはり違う。

どこから考え始めたのか

結局、私が気になるのは、

発想の出発点はどこか?

古い文様や装束を調べたのか。
技法や意匠を学んだのか。
人形とはまったく別のものから何かを受け取ったのか。

それとも、

すでに誰かが出した「答え」を見て、
そこから始めたのか。

もちろん、その間にはいくらでもグレーがあります。
あとから振り返れば、

「これ、本当に自分たちで考えたのか?」

と、怪しくなるものだってありますし。

だから、誰かを裁くための
きれいな境界線を引くつもりはありません。

ただ、

何を参考にしたかより、
そこから何を読み取り、何を変えたのか。
そして自分たちなりの解釈はあるのか。

結局、自分たちに問えるのはそこなのだと思います。

似たものが増える理由

売れるものを仕入れ、お客様が求めるものを考える。
商売ですから、それ自体は当然です。

ただ、売れていそうな組み合わせを見つけ、
似た一式を用意する。

これからAIがさらに発達すれば、
こうした流れは、もっと加速するかもしれません。

そんなことが繰り返されれば、
店頭に似た商品が増えるのは当たり前です。

そして似た商品をつくってきた販売店は、
こんなことを言うのかもしれません。

「最近の人形は、どれも似ていますね。」

アホか。

作り手に独創性を求めるなら、
売り手にも考える責任があるのではないでしょうか。

今、掘っている場所

…で、当店の場合。
ずいぶん人形とは関係のないものを見ています。

古いものだったり、新しいものだったり、
まったく別の世界のものだったり。

一見すると、ずいぶん遠回りです。

でも考えてみれば、
昔も一枚のレコードから元ネタを探して、
知らない音楽へどんどん横道に逸れていました。

今はただ、人形を考えるために掘る場所が変わり、
その範囲が広がっただけなのかもしれません。

そのぶんモノが増えました。
掃除は昔より大変です。