今年、お盆についていくつか記事を書きました。
盆棚、提灯、蓮華、みそはぎなどなど…。
私たち専門店からしたら身近なものですが、
調べてみると、まだ分からなかったことが
意外とあります。
そして、例年通り思うこと。
「お盆の風習は、地域や家庭によって違うんだよな…」
同じ市内でも違う。
それほど離れていない地域でも、
飾るものや呼び方が違うこともあります。
「一般的には、どう飾るんですか?」
と、店頭で聞かれることがありますが、
最近、この「一般的には」という言葉が、
少しだけ引っかかるようになりました。
全国いつでもどこでも
今はとても便利な時代になりました。
全国どこに住んでいても、だいたい同じものが買えます。
近所になければ、インターネットで簡単に手に入ります。
分からないことがあれば検索して、
たいてい「一般的な答え」も見つかります。
同じものを大量に作り、同じ方法で運び、
同じ説明で、同じように販売する。
商売をしている立場から考えても、
全国共通の方が確かに効率がいいです。
「この地域だけ違います」というものは、
なかなか厄介なものでして、
「隣町では違います」となれば、さらに…(汗)
面倒なものほど、そこにしかない
旅に出ると、私は「違い」を探してしまいます。
昔から続いている店、その土地でしか見ない食べもの、
独特な祭り、古い町並み、聞き慣れない言葉などなど。
観光名所でなくても、
そんなものを見つけるとテンションがあがる。
逆に遠くまで来たのに、街を歩けば見慣れた店が並び、
いつもと同じものが並べられていると、
便利だと思う反面、拍子抜けすることもあります。
また、普段であれば買うことのないものでも、
旅先で買うからこそ、うれしいものもあります。
何を買ったかだけではなく、
「どこで買ったか」が、思い出になる。
効率だけを考えれば、
近所で買っても、ネットで買っても同じはずなのに。
生活しているときには便利さを求めるのに、
旅に出ると、わざわざその土地特有のものや景色を求める。
われながら、なかなか勝手なものです(テヘ)
合理的だけれども…
地域によって違うものをひとつにまとめる。
呼び名も、売るものも、売り方も統一する。
東京でも、北海道でも、九州でも、
同じものを、同じように使う。
迷うこともない。間違えることも少ない。
とても合理的です。
けれども、なんだかつまらない…。
変わること、なくなること
暮らしは変わります。
住宅も、家族のかたちも、価値観も。
文化も、ずっと同じ姿ではいられません。
必要とされなくなり、
自然に姿を消していくものもあるでしょう。
それは時代の変化でもあります。
ただ、
「面倒だから」
「売れないから」
「他ではやっていないから」
そんな理由だけで、その土地にあったものが
消えていくのだとしたら、少しもったいない気がします。
有名なものだけが、文化ではない
地域特有のものを大切にしようという動きは、
今では各地にあります。
地方の食べものが商品になったり、
古い町並みが観光資源になったり、
伝統工芸が新しい形で紹介されたり。
それによって残っていくものも、
たくさんあると思います。
しかし地域にあるもののすべてに
光があたるわけではありません。
観光客が来るほど珍しくもない。
全国に売れるほど需要もない。
写真映えもしない。
名前すら統一されていない。
なぜそうするのか、
地元の人に聞いてもよく分からない。
私は最近、
むしろ、そういうものが気になります。
祭りだってそう
考えてみれば、祭りも同じかもしれません。
手間がかかるし、準備にも時間がかかる。
一年のうち、ほんの数日のために大勢が動く。
徹底的に合理化したらずいぶん楽になるはずです。
でも、そこまで合理化された祭りを、
わざわざ見に行きたいと思うでしょうか?
今あるものを記録する
地域の風習について調べていると、
いつの間にか姿を消していたものに
出会うことがあります。
昔は普通にあったものが、気づけば見かけなくなっている。
文化というものは、「これが最後です」
と宣言して終わるわけではありません。
使う人が少しずつ減り、知っている人が少しずつ減り、
いつの間にか、誰も分からなくなっている。
だから最近、今ここにあるものを、
もう少し記録しておこうと思うようになりました。
なぜ、この地域ではこれを飾るのか。
なぜ、こんな名前で呼ぶのか。
なぜ、隣町では違うのか。
調べても分からないことがいくらでもありますが、
分からないなら、分からないと残せばいい。
「一般的にはこうです」と答えをひとつにまとめるより、
「この辺では、こうしてきました」ということくらいは、
今ならまだ書き残すことができます。
そんな記録が残っていれば、
いつか誰かが「なぜだろう」と思ったとき、
何かの手がかりにはなるかもしれません。
違いは違いのままで
便利になることを否定するつもりは全くありません。
けれども、便利なものだけ、効率のいいものだけ、
たくさん売れるものだけ、誰にでも説明できるものだけ。
そんなものばかりが残った世の中は、
果たして豊かなのだろうか?とも思います。
この町には、この町のやり方がある。
隣町には、隣町のやり方がある。
全国的には少し変わっていても別にいい。
便利で、正しくて、少しつまらない。
そんな流れにちょっとだけあらがいながら、
自分たちの足元にあるものを、
もう少し面白がってみようと思っています。