コレクション:
江戸の粋を現代に伝える名工
伝統工芸士 横山一彦
昭和22年東京生まれ。作号"眼楽亭 富久月"。父は十軒店玉貞人形三代目、堀尾貞蔵に師事した"横山富久"。昭和48年より人形師である父のもと人形製作を始め、平成14年 東京都指定伝統工芸士に認定。平成19年には国から伝統的工芸品に認定された"江戸節句人形"の制作者として注目を集めています。
江戸節句人形の中でも横山さんの制作する雛人形は"江戸衣裳着人形"とよばれ、京風の華美な趣とは異なる自然な色合いで、写実的に表現されているのが特徴です。
現在は職人の高齢化、少子化などにより、純粋な江戸衣裳着人形の作り手は横山さんを含め数名程度になってしまいましたが、江戸時代からの伝統を受け継ぎ、後世に制作技術のみならず"江戸の風情"までを伝えていくために日々雛人形を作り上げています。
横山一彦の特徴とこだわり
独創的な写実的表現
江戸衣裳着人形の特徴を表す"写実的"というキーワード。横山さんは"実物に近づけた衣装の仕立て方"や"実際に着用したときのようすに近づけた造形美"を写実的表現として捉えています。
生地の美しい柄を最大限に活かすのは職人たちの腕の見せどころで、一般的に女雛では袖口、男雛には胸元に一番きれいな柄を出します。
横山さんは男雛の胸元にくる柄を、ずれないよう丁寧に合わせて仕立てます。 柄合わせには必要とする生地が余計にかかり、なおかつ縫製作業において微調整を行うなどの作業工程が増えますが、その仕上がりの美しさは一目瞭然。生地をむだなく使い、作業工程をどれだけ省けるかを考えて作られる大量生産品には決して真似ができない仕事ぶりです。
女雛袖口の柄の出し方はいうまでもありませんが、職人技が見られるのはその後ろ姿。長く尾を引き、重ねの一枚一枚の色彩が美しく見える仕上がりは、十二単ならではの美しさを追求しています。 波打つ衣装の躍動感までをも表現した手間のかけ方に、江戸職人の本質が垣間見られることでしょう。
そのカタチ、一目瞭然。
雛人形制作は手仕事ゆえに職人の癖や得意不得意な部分がでるのも事実。 顕著にそれが現れるのが異なるサイズの人形を作ってもらったときで、その仕上がりが"別もの"と感じてしまう場合も少なくありません。そんななか横山さんの卓越した技術のひとつともいえるのが、"大小バランスが変わらない"ところ。
都市型コンパクトサイズでも豪華絢爛な大型サイズでも、ほぼ同じシルエットで仕上げます。 その均一性は実際、店頭にて一般のお客さまから「この人形とその人形の作り手さんは同じ人ですか?」と気づかれるほど。専門家でなくとも"異なるサイズを見ても誰が作ったかがわかる"というのは一見簡単そうに見えて、実際は高い技術がなければ出来ないことなのです。
年の瀬にみせる別の顔
眼楽亭 富久月として活躍する人形師の横山さんには、実はもう一つ別の顔があります。
毎年11月の酉の日に浅草 鷲神社で行われる酉の市。横山さんは"増田屋よ古山"の屋号を掲げて、熊手師としてもご活躍されているのです。
「縁起物を真心込めて制作し、皆さまに幸せを提供する」という心意気は雛人形も熊手も同じ。
江戸文化から生まれた粋の精神を現代に伝える伝道師として、ものづくりに励む横山さん。これからもどんな「粋」を届けてくれるのかが楽しみな江戸っ子職人さんです。