破魔弓|寿々登

破魔弓工房 寿々登

実物の弓矢を基準につくる破魔弓工房。
寿々登(すずとう)

創業は嘉永初頭(1850年頃)。東京・日野で破魔弓をつくり続ける寿々登は、実物の弓矢を縮尺した制作を得意とする工房です。

受け継がれてきた意匠を今に伝える「天覧品」と、装飾を極力排して弓矢そのものの姿を見せる「匠」。一見対照的な二つの代表作にも、弓矢そのものを大切につくる寿々登の仕事が表れています。


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実物の弓矢を基準とするものづくり

寿々登の破魔弓を特徴づけているのは、実物の弓矢が持つ形を基準としていることです。 弓の反りや太さ、矢の細さ、羽根の大きさや角度まで、本来の弓矢に倣って全体の姿を整えていきます。

弓は平面的な飾りとしてではなく丸みを持たせ、矢羽根も見た目だけを整えるのではなく、実際に矢が飛ぶ構造を意識して形を切り出します。 その仕事からは、力強さだけでなく、弓矢が本来持つしなやかさと緊張感が生まれます。

寿々登の工房に残る破魔弓と歴史資料

昭和8年から受け継がれる「天覧品」

昭和8年(1933年)、埼玉県で開かれていた物産展にお見えになった昭和天皇が、皇太子(現在の上皇陛下)ご誕生に際して、寿々登の前身である鈴木商店の破魔弓を直々に購入されました。

その破魔弓を原点として、代々工房に技術と意匠が受け継がれてきたのが「天覧品」です。

大きな特徴は、蒔絵を施した空穂(うつぼ)と、京都・西陣織で仕立てた天冠。 制作当初から基本となる意匠を大きく変えることなく、現在までつくり続けられています。

現在、この江戸破魔弓の意匠を受け継いで制作しているのは、寿々登のみとなっています。

寿々登 天覧品の空穂と西陣織の天冠

弓矢そのものを見せる「匠」

「天覧品」が受け継がれてきた意匠と工芸的な装飾を見どころとする一方、「匠」は装飾を極力排し、弓矢そのものの造形と素材感を引き立ててつくられたシリーズです。

その特徴は、単に装飾が少ないことではありません。 丸みを持たせた弓、細く伸びる矢、実際に矢が飛ぶ構造を意識して切り出した矢羽根など、実物の弓矢を基準とする寿々登の仕事が、よりはっきりと表れています。

装飾で華やかさを加えるのではなく、弓の反りや矢の細さ、羽根の大きさや角度まで丁寧につくることで姿を整える。 「匠」は、寿々登が長く培ってきた弓矢づくりの特徴を、最も端的に見ることのできる破魔弓です。

寿々登 匠シリーズの弓矢

受け継がれてきた意匠を守る「天覧品」と、弓矢そのものの姿を突き詰めた「匠」。 表現は異なっていても、その根底にあるのは、弓矢をきちんとつくるという寿々登の変わらない仕事です。

長く受け継がれてきた技術を守りながら、今の時代にも残る破魔弓をつくる。 子どもの成長を願う祝いの品として、次の世代へ受け継いでいきたい仕事のひとつです。



寿々登

創業は嘉永初頭(1850年頃)。東京都日野市にある破魔弓工房。実物の弓矢をそのまま縮尺した制作を得意とし、力強さだけでなく、弓矢が本来持ち合わせる健康的でしなやかな美しさまでもが際立つ作りに定評がある。