コレクション:
大人をも魅了する逸品。
女流雛人形作家 清水久遊
目を奪われる。まさにこの出来事を体験したのは、わたしが仕入れを任され始めた20代後半の夏。有職雛工房ひいなの見本市に初めて訪れた際に受けたあの驚きは今でも忘れることができません。見たことのない生地やかさねの色彩、直線的でシャープなシルエット、しっとりと手に吸い付くような絹の質感。
雛人形といえば、連綿と受け継がれてきた伝統技術の完成形でほっこりとした懐古的なもの、もはやサイズ以外は大きく変わることのないもの…と理解していましたが、ひいなの作品から受けるイメージはそれとは全く別方向にありました。
ひとことで言うならば現代の空気感をただよわせる次世代の雛人形とでもいいましょうか?(現 鯉徳代表談)
伝統とモダンの融合
今や全国に多くのファンを持つ有職工房ひいなの雛人形。その制作現場の中心にいるのが清水久遊さん。
18歳より先代のもとで人形作りを始め、昭和62年さらなる高みを目指し有職雛工房ひいなを設立しました。
未だに男性が圧倒的に多い人形師の世界で、女性ならではの感性と常識にとらわれない柔軟な発想を強みとして独自の世界を築きあげてきた女流雛人形作家の第一人者です。
清水久遊の特徴とこだわり
独創的な色彩表現力
女雛の袖・襟元・裾にみられるかさね(五衣)部分にご注目を。唐衣や表着とのバランスに配慮しながら、絶妙な間隔で衣装をずらして重ね、その美しい色彩で私たちの目を楽しませてくれます。
あるときは鮮やかなグラデーションだったり、またあるときは差し色を効かせて効果的なアクセントにしていたり…各作品ごとに異なる色彩表現力は、作り手のただならぬセンスを感じさせてくれます。
美しさ際だつ造形美
色彩(かさね色目)をより一層美しくみせるため、ボリュームを抑えたタイトなシルエットに仕上げているのも工房ひいなの特徴。
この造形を可能にしているのが、表からは見えない裏打ち作業です。裏打ちとは、生地だけで衣装仕立てをすると柔らかすぎて型くずれをおこしてしまうため、生地の裏に和紙を張り付けていく作業のこと。
ひいなの裏打ち作業は、生地と和紙の縁のみに糊づけして貼り合わせる袋貼りという方法で行います。貼り合わせた衣装の中に空洞ができ適度な遊びがうまれることで、着せつける胴体にぴったりと生地を沿わせることが可能となります。久遊特有の造形美にはこの作業が不可欠であると言っても過言ではありません。
また和紙の材質にもこだわりを持ち、しなやかさと耐久性を持ち合わせた楮(こうぞ)を使用しています。惜しみない手間と材質へのこだわりから唯一無二の造形美は誕生しているのです。
母のやさしさ
女雛の背部、引腰に巻かれているのは蒲郡八百富神社のお守札。祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)という女性の神様です。創業者の清水八郎が縁を感じ、ひな人形のお守りとして使いたいとお願いしたのが始まりなのだとか。
お守札を取り入れていることで、お人形が単なるインテリア要素としての飾り物ではなく"厄除けや健康祈願の縁起物(=ひな人形)"であることをしっかりと主張しています。またこのお守札一つで、職人である以前に女性、そして母であるからこその心配りまでが感じとれるのではないでしょうか。
変わらないために変わり続けるということ
久遊が新作を発表すると、早ければ翌年にも似た色使いのひな人形があらわれます。しかし色柄だけを安易に模倣しただけでは、同じ雰囲気は決して生まれることはありません。彼女たちは技術力も然ることながら、時勢にあわせて新しい素材を選びだす判断力、より美しいものを作りたいという探究心、そしてものづくりに対する真摯な哲学を持ち合わせているからです。
酷似品が出回ろうとも、いつも軽やかに次の領域に足を踏み入れていく工房ひいな。追うものと追われるものの距離は短くなろうとも、その目的地に彼女たちを追い越して辿り着くことは不可能なのではないでしょうか。
これから先、ひな人形を通じて私たちにどんな驚きを与えてくれるのか、そしてこれからの節句文化をどう切り拓いていくのか本当に目が離せない工房です。