雛人形作家 望月龍翠|インタビュー

望月龍翠プロフィール

望月龍翠の作号で工房の代表を務める望月竜介さんは、伝統的工芸品"駿河雛人形"の継承者として10代の頃より活躍。若干39歳の若さで経済産業大臣指定伝統工芸士に認定された同氏にお話をうかがいました。


■この仕事を始められたきっかけなどを教えてください。


実家が人形工房でしたので、家業を継ごうと決意したのはわりと早かったですね。父親の薦めで高校を卒業してすぐに埼玉の老舗人形工房に4年間修行にいきました。


当時実家の工房では三人官女、五人囃子、随身、仕丁の制作が専門で、主役となる男雛と女雛は作っていませんでした。逆に修行先となる工房は男雛と女雛の制作が中心でしたので、父親は"雛人形づくりの全てを覚えろ"とうメッセージも込みでその修行先を薦めたのだと思います。


その甲斐もって、現在私たちの工房では雛人形15人全てを作ることが可能となり、それがまた工房の強みにもなっていますよ。

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工房の様子。それぞれの部門を各担当者が無駄な動きなく次々と作り上げていく様は、アナログ作業の極みというにふさわしい。


■では、いつごろから自身が人形師であることを意識しはじめたのでしょう?


やはり修行を経て家業を継いでからですね。修行時代は自分の範囲だけに集中した作業を行っていればよかったのですが、自社工房となれば当然その仕事内容も変わってきます。分業制ですからそれぞれの従業員(職人)たちにどういう仕事を割り振るかとか、織元さんなどの下職さんたちに何をどれくらい用意してほしいと依頼したりとか、人形制作だけでなく業務全般を回していくようになってからようやくそれ相応の人形師になれてきたのかなという感じはありましたね。


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一体の人形は各工程ごとに異なる職人の手により作り上げられていく。長年培った経験と信頼により、一連のその作業は流れるほどにスムーズで美しい。


■なるほど。技術だけではなく全体の流れが把握できて一人前ということなのですね。
 それでは苦労したことなどがあれば教えて下さい。


先程の話と重なりますが、やはり業務全般の回し方は難しいですね。それぞれのパートが"オンリーワンの技術"を持って作業に取り掛かりますから、突然のトラブルがあったときには本当に冷や汗をかきます。昔からの積み重ねもありお互いを補えるようになっていますが、今現在に至るまでは苦労しましたよ。


技術面でいえば、納得のいく"腕(かいな)折り"を体得するのにも苦労しました。この工程は雛人形の姿が決まる最重要工程でもあるのですが、最初の数年間は何度やってもうまくいかないので左右の腕を定規で測りながら行っていました。しかしそのやり方ではどうしても制作に時間がかかってしまいましてね…。


転機が訪れたのは、当時技巧派として有名だった人形師さんの技を間近で見たときのことでした。その方は人形の向きや位置を変えて作業するのではなく、器用に道具を持ち替えながら自身の両手を均等に動かして作業をしていたのです。無駄のない動きと人形を美しく仕上げる技術力。左右対称に仕上げるには理にかなった技法であり、何よりも格好がよかった(笑)それからというもの「絶対にこの技を習得するんだ」という強い気持ちを持って仕事に励みましたよ。


腕折りは今でも難しい作業ではあるのだけど、最近はうまくいかなかったときの理由がわかるようになってきましたね。それがわかるようになってからというもの作業効率も仕上がりも目に見えてよくなりました。それと極稀にですが無意識に手が動いて自分でも驚くほどきれいに技が決まる瞬間があるんですよ、本当に気持ちのいい瞬間がある。制作者としての次なる壁は、それがもっと高い頻度でできるようになるコツをみつけることかな(笑)


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人形の最終的な姿が決まる最重要工程"腕(かいな)折り"。この工程は全て望月さん一人で行っている。人形の向きは変えず、右手左手と器用に道具を持ち替えながらすばやく左右対称の美しい造形に仕上げていく技は、長年磨き続けてきた努力の賜物。


■望月さんが手がける雛人形の魅力や特徴を教えてください。


完成した人形の"造形そのもの"にぜひ注目してもらいたいですね。完成までに私たちなりのこだわりがあるのですが、そのひとつめに"三角形志向"があります。雛人形はお顔や衣装の色柄にまず目がいくと思いますが、それをさらに魅力的にするためにはボディとなる形そのものが安定していなければなりません。ですのでできるかぎり肩の高さや腕の位置をそろえてあげることで、人形を正面から見たときに左右対称の三角形となるよう心がけて制作しています。


最終工程の腕折りだけが人形の形を決定づけるのではなく、それまでの工程(下準備)もまた非常に重要ですので、それぞれのパートを担当する職人ひとりひとりが理想となる最終形をイメージしながら作業を進めていますよ。


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人形師にいかなる技術があるにせよ、衣装の縫製がずれていたり綿の入れ具合が適正でなければ美しい造形美を生みだすことはできないと望月さんは語る。



次は生地(衣装)へのこだわりです。総柄や刺繍等で加工された生地も取り扱ってはいますが、単色無地系の衣装である"有職"がうちの看板商品です。


雛人形の起源となる平安宮廷の世界を表現するにふさわしい伝統衣装だからという面もありますが、それ以上に完成した人形の"造形そのもの"を見てもらいやすいからでもあります。


シンプルな色柄の生地はシワやボディラインが目立つので、柄物よりもごまかしが効きません。私たちは出来上がりのシルエットに自信があるからこそ積極的にシンプルな有職衣装を用いています。

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有職とは平安時代より公家の邸宅の内部・調度品・服飾品などの装飾に使われていた文様で、幾何学的な柄が繰り返し紋様になっているのが特徴。


最後に目には見えないことですが、先人たちの知恵を疎かにしないというのもまた、人形の美しいカタチを維持するうえでのこだわりかもしれません。通常腕折りの工程終了で完成なのですが、私たちはこのあとに"蒸気あて"という工程を行います。昔の京雛に見られる技法ですが、現在これを行っている工房さんはほとんどないのではないでしょうか。


蒸気あては文字通り"人形全体に蒸気を当てること"で、衣装のシワを伸ばすと同時に生地に張りを持たせる効果があります。生地の裏に貼った和紙の糊が熱で溶け、再度冷え固まっていくときに衣装全体にパリッと張りを持たせてくれるというわけです。これをやるのとやらないのでは見た目の美しさに差がでますね。


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ジブリ作品に出てきそうなデザインの蒸気発生装置は銅板を叩いて作られた特注品。高温の蒸気をすばやく人形全体になじませ衣装に張りをもたせる。


最近は作業工程を省いてコスト削減を図るあまり、その美しさまでを削減してしまっている人形が少なくありません。工程を省くという行為は、その変わりとなる新技術が絶対的なものでない限りただの"手抜き"になってしまいます。伝統工芸品は先人たちが紆余曲折しながら長い年月をかけて作業工程をつくりあげてきた背景がありますので、どんなにささいな工程であっても何を残し何を捨てるかは慎重に見極めないといけないですね。


■では最後に、今後の展望や目標を教えてください。


今ある仕事をこなしなつつ、後継者育成のお手伝いはしていきたいです。現状うちの工房には跡継ぎがいないので、何もしなければこれまで培った技法や知識はなくなってしまいます。ただ市内はもちろん県外にも人形師を志す若い職人さんはいますから、少しでもその子達の技術向上のお役に立てればというわけで、わりと開放的に外部の職人さんを迎え入れるようにしていますよ。


よく「そんなにオープンにして真似されたりしたら困りませんか?」なんて聞かれますが、手工芸品というのは10人いれば10通りの出来上がりとなるわけで、同じやり方で人形を作ったとしても、全く同じには絶対になりませんからね。ましてや職人の世界では技術を体得するにはそれなりの年月が必要なわけですから、一度や二度手法を教えたくらいで「真似されて困る」なんてことはありえません。手取り足取りとはいきませんが、うちでヒントやコツを得てその後は自身で技を磨いていってもらえればと思っています。


それと現在、人形業界は少子化で大変だなどといわれていますが、それよりもさらに深刻なのは業界を支えてきた下職さんの後継者不足だったりします。ここ数年、生地生産を行う織元さんや刺繍屋さんなどの廃業が後を絶ちません。需要の高い売れ筋商品にも関わらず、材料が揃わず廃盤なんていう事例が頻繁に起こっているのです。


伝統工芸全般にみられる後継者不足の根っこにあるのは「価値ある技術(商品)が正当に評価されていない(知られていない)」ということ。私たちのできることには限りがありますが、今後も安易に大量生産された材料を使わず、その細部(素材や装飾)の良さにまで目が行き届くような品質の高い雛人形づくりを心がけていきます。雛人形を通じて日本の職人の心づかいを随所に感じてもらえたら嬉しいですね。





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望月龍翠 ■経済産業大臣指定伝統工芸士

1964年静岡生まれ。本名"望月竜介"。18歳から埼玉県の老舗人形工房にてひな人形作りの基礎を学び、のちに人形師である父、幸彦のもと人形製作を始める。平成15年、経済産業大臣指定伝統工芸士の認定を受ける。今後の節句人形業界を担う、若手実力派として注目を集める。▶インタビューページへ


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